2024年10月5日(土)、「あしたの東京プロジェクト」の第一弾となるイベント「多摩フォレストツーリズム」が、あきる野市で開催されました。豊かな山の自然を生かし、林業が盛んに行われている多摩地域。本記事では、そんな東京の意外な一面を体感できる、ツアー当日の様子をレポートします。
多くの人が暮らす東京都ですが、実は総面積の約4割を森林が占めています。なかでも森林面積が大きいのは多摩地域。多摩の森林の半分以上は人が木を植えて育てている「人工林」であり、多くの人々の手によって健全に保たれています。ツアーの舞台となるあきる野市は、古くから林業が盛んな地域。一方で林業の担い手不足など、課題も抱えています。そんな東京の森林について学ぶことが、今回のツアーの目的です。
ツアー当日の朝、抽選で選ばれた28名の参加者は、武蔵五日市駅前のカフェ「do-mo kitchen CANVAS」に集合。東京グリーンエコツーリズムの髙濱 謙一さんより、多摩地域における森林の状況、林業の仕事や流通について、レクチャーを受けます。
「多摩の森林で生まれた木材『多摩産材』は、都心部の駅や店舗などの建材から、ご家庭で使うまな板や鉛筆まで、さまざまなシーンで使用されています。私たちにとって身近な木材ですが、供給源となる森林では、苗木を植え付ける『植林』、木々の成長を促す『下草刈り』や『除伐』、混み合った木を適切に間引く『間伐』など、数多くの手入れが必要です。また、森林は地球温暖化防止においても重要ですが、CO₂の吸収力が高いのは、樹齢の若い木です。木を伐ることで森全体のバランスを保つことは、環境保全の観点からも大切になります」(髙濱さん)
髙濱さんが言及した環境保全の観点以外にも、あきる野市は近年社会問題化する花粉症対策の森林整備も進めています。具体的には、花粉を多く飛散させるスギ・ヒノキ林などを伐採し、花粉の少ないスギなどの苗木を植栽する「花粉の少ない森づくり」をしています。
セミナーで林業の全体像を学んだ後は、バスに乗って「新宿の森・あきる野」へ移動。実際に森の中を歩く、「林業ガイド」の始まりです。
「新宿の森・あきる野」は、新宿区とあきる野市が育成・保護を行う森林。森林整備によるCO₂吸収に取り組みながら、地球温暖化や自然環境の問題について考えるための自然体験ツアーにも活用されています。この日は「森林レンジャーあきる野」の隊長・杉野 二郎さんが、豊かな森の生態系を解説。クマやシカが生息する痕跡、カツラやカエデといった植物の特徴を、長年の経験談とともに教えてくれました。
「切り株の上に木の実が置かれている、不思議な光景が見られますね。これは、リスが食事をした証拠です。リスがいるということは、タカやキツネ、フクロウもいるということ。山に暮らすさまざまな生き物は、森林を保つ上で各々が役割を担っています。木というのは、実一つで再生できる、人間の生活に不可欠な資源。私たちの生活は、森の恵みがなければ成り立ちません」(杉野さん)
その後参加者は、この地で林業に従事する株式会社山武師の森谷 隼斗さん、髙木 海さんより、林業の現場作業について説明を受けます。渓流沿いにそびえる急斜面に、規則的に立つ木々。それらは林業従事者の皆さんの、きめ細かな計画と作業によって保たれているのです。
「日光を適切に分配するのが間伐の主な目的ですが、木々の間隔を適切に保つことで、根がしっかりと地中に伸びてくれます。根が弱い木は雨風で倒れてしまい、大型台風などで倒木が川を下ると、下流地域で橋梁の破損、集落の孤立が生じます。森の手入れは、災害の防止においても重要です」(髙木さん)
森林の生態系を守る皆さんの声からは、育林の困難さや自然への愛情が伝わりました。
多摩産材は、実際にどのような形で使用されているのでしょうか。続いて向かうのは、「秋川渓谷 瀬音の湯」。高いアルカリ度で美肌の湯としても知られる温泉施設で、地域活性を目的に2007年にオープンしました。物産販売所や宿泊コテージ、食堂などが揃う館内は、随所で木の質感がそのまま見られるデザインになっており、森に囲まれたような感覚を味わえます。総支配人の渡邉 智宣さんによると、建材のほとんどが多摩産材なのだそうです。
「温泉施設、宿泊施設の2棟ともにRC構造と木造構造の併用となっており、木造部分は柱、梁、床材、壁材の大部分が多摩産材です。また当館のアクセスルートにある橋や遊歩道の手すり、階段の一部にも多摩産材を使用しています。木の状態は良好に保たれており、年を経ることで風合いも生まれてきました。自然に溶け込んだ当施設では、くつろぎのひと時をお楽しみいただけます」(渡邉さん)
館内を見学した後は、併設されている「石舟Dining」で昼食を兼ねた交流会を実施。林業に携わる地元事業者、市職員の皆さんと一緒に、お待ちかねのランチの時間です。お弁当は、「青梅産豚の合挽ハンバーグ」「秋川牛ローストビーフ〜焼きナス巻き〜」「東京しゃもの唐揚げ〜自家製塩麹漬け〜」「檜原舞茸の天ぷら」「あじさい茶」など、あきる野市および多摩地域の食材をふんだんに使用。地元の方々が丹精を込め育てた食材が、「do-mo kitchen CANVAS」の調理場で彩り豊かに盛り付けられました。
テーブルの上では、「どのような生活リズムで林業に従事しているか」「人材不足にどう対応しているか」「女性の働き手はいるか」など、参加者がツアーを通じて気になった質問をする光景も見られました。「林業のやりがいは、自らの手で山を守れること」(森谷さん)など、現場の方々から、課題や醍醐味が共有されていきます。
昼食後はお土産を購入したり、足湯で休憩したりと、施設内を自由に見学。館内では、あしたの東京プロジェクトが企画する「デジタルランタン」のブースも出展していました。デジタルランタンは誰でも参加できる年間キャンペーンで、東京の「魅力」や「未来への願い」などを投稿すると、特設サイト内のランタンにメッセージが掲載されます。
(「デジタルランタンキャンペーン」オンライン参加用URL:https://tokyo-tomorrow-project-2024-lantern.message-board.cloud/painter/)
次に向かったのは、「中嶋材木店」。1955年の創業以来、多摩産材の製材・乾燥・加工を手掛けてきた地元の製材事業者です。参加者はここで、伐採された多摩産材がどのような工程を経て、材木へと加工されるのかを学びます。
最初に見学したのは、貯木場。伐採した木は水分量が多く、そのままでは木材として使用できません。そのため木の皮をはぎ、乾燥させる工程が必要で、貯木場はこのプロセスを担っています。
「樹皮を剥いだ丸太は、乾燥機に送られた後、品質検査機で含水率や強度を検査されます。機械乾燥は生産性が高い一方、油分も飛んでしまうといった側面もあります。そのため日光で半年から1年かけて乾かす天然乾燥が用いられることもあり、工務店との取引スケジュールなどを加味しながら、両者を使い分けています」(髙濱さん)
続いて、工場の中も見学させてもらいました。貯木場で処理された原木を角材や板材へ製材加工する工場では、職人さんたちが木の状態を見極めながら、最適な製品へと変えていきます。ダイナミックに木材が移動する製材機に、参加者は興味津々です。
「製材機は、1枚の刃で1面ずつ切り落とす『シングルバンドソー』と、2枚の刃の間を木材が通り抜ける『ダブルバンドソー』の二つが用いられています。ダブルバンドソーの方が効率は良いのですが、シングルバンドソーには木材の大きさに制限がなく、ていねいな加工が可能になるなど、多くのメリットもあります」(髙濱さん)
製材の各工程では、多くの樹皮、端材、木屑などが発生します。中嶋材木店ではこれらを燃料や紙の原料として販売・提供していることから、木は余すことなく利用されます。また、木材から得た収益の一部は、次の森林を育てる費用にあてられるとのこと。サステナブルな製材プロセスにより、森は次の世代へと受け継がれるのです。
最後に訪れたのは、「自然人村」です。人気を集める観光宿泊施設で、秋川渓谷の自然に囲まれながら、渓流沿いでバーベキューやサウナを楽しむことができます。施設を運営するのは、お弁当でもご協力いただいた株式会社do-mo。事業責任者の鴨井 浩人さんが、地域活性化活動について説明してくれました。
「この地にあったバーベキュー場を4年前に事業承継し、立ち上がったのが自然人村です。私たちは地域のブランディングを理念としており、中嶋材木店さんからスギやヒノキなどの多摩産材を仕入れたり、秋川牛などをバーベキューの食材にしたりと、地産地消やカーボンニュートラルの実現を目指しています。五日市周辺は炭で栄えた歴史もあるため、黒のモチーフをサウナに取り入れるなど、デザインにも工夫を凝らしました」(鴨井さん)
参加者は施設を見学した後、テントの下でワークショップを体験。材料はもちろん、多摩産材です。炭火を囲みながら、バターナイフをヤスリで削る、穏やかな時間が流れました。またワークショップの途中では、マシュマロも配布。直火で焼いた柔らかい一口が、ツアーの疲れを癒します。
ツアーを終えた参加者に、今回の感想を聞きました。
「木造建築などに興味がありツアーに参加しました。林業、木材製造業から、多摩産材を使う事業者まで、あきる野市は皆さんが知り合いで、一体となり地域を盛り上げている空気感が魅力的です」(府中市在住)
「担い手不足の課題を抱える林業ですが、ツアーで出会ったのは、やりがいを持って楽しそうに働く若い方々。現場の方々と話すのは初めてで、地域を知る機会は大切だと感じました」(杉並区在住)
「子どもが山や川に興味を持っているので、東京にも自然があることを再確認したいと、親子で参加しました。身近にある木ですが、自分たちが知らないところで誰かが守っていることを学べました」(小金井市在住)
「SNSの広告を見て参加しました。生活に必要な木材を育む林業の仕事、森林がもたらすCO₂削減の効果をはじめ、多くの発見がありました。都心で働いていますが、自分の暮らしが多摩の林業従事者に支えられているのだと、改めて思います」(立川市在住)
「普段から東京都の情報をチェックしており、多摩地域西部に理解を深めたいと、夫婦で参加しました。私は30代ですが、同世代の方が林業を担っていることが頼もしいです。子ども支援の仕事をしているので、私も次世代に産業や文化を継承していきたいと思います」(調布市在住)
こうして多摩フォレストツーリズムは無事に終了。運営に携わった公益財団法人東京観光財団の鈴木さんは、「人工林が中心となる東京の森林保全には、多くの方々の努力が不可欠です。しかし林業の従事者は、わずか35年間で約3分の1にまで減少。高齢化や人手不足などの課題が顕在化しています。その実情を多くの人に知ってもらうことは、課題解決の第一歩。参加者の皆さまがツアーで感じたことを発信していただければ、社会全体の課題共有につながるでしょう。そうしたコミュニケーションを通じ、あしたの東京がより良くなることを期待します」と、イベントを振り返りました。
あしたの東京プロジェクトでは、イベント第二弾「神津島サステナブルツーリズム」を11月23日(土)~24日(日)の二日間、神津島で開催予定です。少しでも多くの人に現地の様子を知ってもらえるよう、当サイトでは引き続き情報発信に努めていきます。ぜひご覧ください。