2024年11月23日(土)・24日(日)、「あしたの東京プロジェクト」の第2弾となるイベント「神津島サステナブルツーリズム」が開催されました。本ツアーの舞台は、豊かな水に恵まれ、2020年に東京都で初めて星空保護区®(※)にも認定された、伊豆諸島の神津島。星空観察やトレッキングなどを通じて自然のダイナミズムに触れながら、島民・観光客の双方にとって持続可能な観光を考えるツアーをレポートします。
※星空保護区®とは
国際ダークスカイ協会(IDA)が2001年に始めた「ダークスカイプレイス・プログラム」(和名:星空保護区認定制度)は光害の影響のない、暗い自然の夜空を保護・保存するための優れた取り組みをたたえる制度です。認定には、屋外照明に関する厳格な基準や、地域における光害に関する教育啓発活動などが求められます。そしてそれらは、自治体・観光業界・産業界・地域住民など多くの人々の理解と努力によって支えられます。
伊豆諸島の一つ、神津島は、富士箱根伊豆国立公園に指定される自然豊かな島。東京・調布飛行場から約45分でのアクセスが可能でありながら、金目鯛をはじめとした海産物、登山やサーフィンなどのアクティビティを楽しむことができ、多くの観光客を魅了します。そんな自然資源を生かした観光を学ぶことが、今回のツアーの目的です。今回のツアーには、総勢285人の応募者の中から抽選で選ばれた18人が参加しました。
参加者は当日の朝、「神津島観光協会(まっちゃーれセンター)」に集合。貴重な観光資源の一つである星空について、神津島観光協会の職員で星空ガイドを務める江藤翔さんより説明を受けます。
「神津島は、2019年から星空保護区の認定に向けて動き始めました。まずは、『神津島星空公園条例』を制定し、街灯は全て夜空に光が漏れないよう光害対策をしたものに付け替え、設置数を減らしました。また、島民が対象の『星空ガイド』の育成にも力を入れています。来年には新たに16名のガイドが誕生予定です。厳しい条件をクリアして星空保護区になった理由は、観光はもちろんのこと、“美しい神津島の星空を子や孫の代まで残すこと”が一番の目的。美しい星空を後世に残すために尽力しています。そんな美しい星空と私たちの取り組みを体感いただくため、今夜は島内で人気の星空観察スポット『よたね広場』に案内します。高台にあるため視界が広く、集落の光が邪魔することなく星を観察できるスポットです」(江藤さん)
神津島の星空保護に関する取り組みを学んだ後は、「ランチ交流会」です。島内ののどかな街並みを進み、到着したのはブルワリー「Hyuga brewery」。島の特産品のお料理とともに、クラフトビールを提供する人気店です。
星空と並ぶ神津島の貴重な資源が、水です。島内には至る所で水が湧き、水道水にも地下水が利用されています。そんなおいしい水を生かして造られたのがHyuga breweryの銘柄。交流会ではオーナーの宮川文子さんが、ビールの開発ストーリーを語ってくれました。
「このブルワリーのコンセプトは“神津島発”です。クラフトビールを通して、多くの人に神津島の良さを知っていただき、島に遊びに来てもらいたい。そんな思いから、クラフトビール造りを始めました。私たちは地元の素材を生かしてビールを製造しています。神津島でなければ飲めないビールをぜひ堪能してください」(宮川さん)
宮川さんのあいさつ後、テーブルには6種類ものビールが並べられました。神津島産の明日葉(アシタバ)を副原料に、島のおいしい地下水で造られたスパイシーな「Angie」、モルトの甘い香りと香ばしさが特徴的な通好みのブラウンエール「燈」などをグラスに注ぎ、ランチタイムの始まりです。
神津島の特産である金目鯛の炊き込みご飯、その日の朝に宮川さんの兄が釣ってきたというサワラのフライ、明日葉の入った生春巻き、神津島の郷土料理である大根のスープや「あぶらき」をいただきます。「あぶらき」は、通称「あめりか芋」と呼ばれるサツマイモから作られたスイーツ。戦時中に食べ物がなかった時、アメリカ兵が持ってきたサツマイモの苗を育てて食いつないだという話があるそうで、「あぶらき」は伊豆諸島では古くから親しまれている“おやつ”です。
地産地消のおいしいビールとお料理が、初めて顔を合わせる参加者たちの距離を近づけました。
島の恵みを味わった後は、引き続き神津島観光協会の江藤さんのガイドの下、水にまつわる名所を巡る島内ツアーに出発です。まずは、島に伝わる「水配り伝説」について知る水配り像「伝説・水配神話とモニュメント」へ移動。
「ここには伊豆諸島の神様の像があります。伊豆諸島には九つの島があります、その昔、式根島と青ヶ島を除き『伊豆七島』といわれていました。島々に水を分配するための神々の会議が、ここ神津島の天上山にある『不入ガ沢(はいらないがさわ)』で行われたのですが、水を配る方法は神々が『不入ガ沢』に到着した順。御蔵島(みくらじま)、新島(にいじま)、八丈島、三宅島、伊豆大島の神様に順に配られる中、寝坊してしまった利島(としま)の神様が来る頃にはお水がほとんどなくなっていました。それを見た利島の神様は怒り、水がわずかに残る『不入ガ沢』に飛び込み暴れ回ったんです。その際に飛び散ったお水が、神津島の湧水に変わったと伝えられています」(江藤さん)
神津島は水が豊かな島として知られていますが、一方の利島は水資源に乏しいといわれており、現在の伊豆諸島における水事情とつながっている興味深い神話です。
続いて訪れたのは、弓形の浜辺が美しい多幸湾です。この地に流れる「多幸湧水(たこうゆうすい)」は、島民も愛飲する湧水。なめらかな口当たりが特徴で「東京の名湧水57選」にも選定されています。タンブラーが一瞬にしていっぱいになるほど勢いよく出る湧水に驚く参加者たち。あまりのおいしさに1杯では飽き足りず、2杯目をくむ参加者の姿もありました。
次に向かったのは「長浜海岸」。波が打ち寄せる砂浜に散らばるのは、色とりどりの玉石です。この海岸は「五色浜」と呼ばれる神域で、玉石を持ち帰ることは固く禁じられています。しかし、近接する「阿波命神社(あわのみことじんじゃ)」に“潮花(しおばな)”としてお供えすると、ご利益を得られるそう。“潮花”は、小さく平らな玉石に海水で濡れた砂を盛ったもの。“潮花”をつくって神社へと向かい、それぞれが願い事とともにお供えしました。
続いて訪れたのは「赤崎遊歩道」です。険しい崖沿いに木造の遊歩道が組まれ、夏には海へ飛び込む観光客でにぎわいます。ガイドの江藤さんによると、好天時には富士山や南アルプスを望めるとのこと。この日は、伊豆諸島北部にある利島や伊豆大島、伊豆半島の下田を望むことができました。岩場に注ぐ水しぶきが、日の光を受けてきらめく光景。写真に収めたり、ゆっくりと眺めたりと、一行は自然の造形美を満喫しました。
島特有の地形や伝説が、訪れる人々を魅了する神津島。それぞれの場所では、すぐそばに水を感じることができました。太古から受け継がれた自然が、飲料水や文化、観光名所に姿を変える——。物語のようなサイクルも島内を巡ることで学べるのです。
島内ツアーを終えた参加者は、再びまっちゃーれセンターへ。ここで同じ伊豆諸島にある「利島」について、オンラインにてレクチャーがありました。解説を行ってくれたのは、自然のある場所で暮らしたいとの思いから18年前に利島に移住した、利島村役場 産業観光課の荻野了さんです。
利島の人口は約300人。標高507mの宮塚山を中心に、面積4.04㎢と小さな島の80%を椿の木(20万本)が覆っています。集落は1カ所のみで、島へのアクセスは船とヘリコプターの2種類。今年から小・中学校は義務教育学校として9年間の一貫教育となり、現在24人の児童・生徒が学んでいます。
「利島は椿油の生産が盛んです。椿林は段々畑になっています。段々畑である理由は、落ちた種を拾わなければいけないので、雨などで流れ落ちることを防ぐためです。昭和初期に斜面を段々畑へと作り変えていったとされています。春から夏は草刈りを、秋から冬は種拾いが始まり、冬は満開の花を楽しむ、利島は椿によって四季を感じることができます。また、水についても水配り伝説にもありますように、利島は神様のせいなのか、湧水や川がないので、雨水をろ過したり海水を脱塩して、飲み水や生活用水にしています」
面積が限られ、水資源にも乏しい利島は稲作をすることが難しく、試行錯誤を繰り返して椿培による椿油の生産を主な産業としてきました。サザエや伊勢エビ漁も行われていますが、近年は黒潮の影響もあり漁獲高が激減しており、転換期を迎えているとのこと。荻野さんは、今までほとんど行われていなかった未利用魚の加工品など新たな商品開発に取り組む準備を進めていると話します。同じ伊豆諸島であっても、神津島と利島では水資源や地場産業などに大きな違いがあることを学びました。
この⽇、まっちゃーれセンターでは、「あしたの東京プロジェクト」が企画する「デジタルランタン」のブースも出展しました。デジタルランタンは誰でも参加できる年間キャンペーンで、東京の「魅⼒」や「未来への願い」などを投稿すると、特設サイト内のランタンにメッセージが掲載されます。「僕たちは神津島で幸せに暮らしています」「きれいな水と星をいつまでも」などと、まっちゃーれセンターを利⽤する神津島の皆さんのほか、ツアー参加者の⼀部もメッセージを書き込み、地域を超えた思いが紡がれました。
(「デジタルランタンキャンペーン」オンライン参加用URL:https://tokyo-tomorrow-project-2024-lantern.message-board.cloud/painter/)
宿で夕食を堪能した後は、いよいよ星空観察です。
日が暮れると漆黒の空に包まれる神津島。街灯の少ない暗い坂道を上り、島の高台「よたね広場」に集まりました。しかし、この日は残念ながら雲に覆われており、見える星はわずかばかり……。満天の星を見ることはかないませんでした。それでも、時々雲の切れ間から見える木星や土星、みなみのうお座の1等星フォーマルハウト、プレアデス星団などが顔をのぞかせます。
この日、星空ガイドを務めたのは、昼のツアーからお世話になっている江藤翔さん。約1年にわたり星座や天体、暦について学び、試験を突破した人のみ就けるのが星空ガイドです。豊富な知識を基に、その日の星空に合わせて案内をしてくれます。
「山の上で強く光っているのは木星です。太陽系の中で一番大きな惑星で、天体望遠鏡でのぞくとしま模様が見えますね。星はこの地球から見る限り約8,000個といわれており、21個だけ1等星があるんです。今夜は残念ながら『天の川』を観測することはできませんが、神津島では夏に限らず年中『天の川』を肉眼で見ることができます。世界80億人のうち、7割の人は『天の川』を見ることなく人生を終えるそうです。皆さんぜひまた神津島に来て、『天の川』をご覧ください」(江藤さん)
時々現れた星たちに関連する話や、天体クイズも交えながら行われた星空観察。曇り空ではありましたが、星空ガイドさんの軽妙なトークのおかげで、夜空に広がるロマンを想像できる一夜となりました。
星空を保護する活動は、神津島観光協会の「まるごとプラネタリウム」という事業からスタート。光害対策をした街灯へと切り替えることで、観察を妨げない環境が整備されてきたのです。光害の防止は、渡り鳥やウミガメなど島周辺に生息する動物たちにもプラスの影響をもたらします。環境保護と観光が一体化した神津島の活動は、都心で暮らす私たちにもヒントを与えてくれました。
2日目の朝、一行は「天上山トレッキング」へと向かいます。まっちゃーれセンターから移動すること約30分。標高572m、島の中央に位置する神津島のシンボルである天上山の大展望台は、「新東京百景」にも選ばれる島の欠かせない観光スポットです。
参加者は登山口で準備運動をした後、2班に分かれてトレッキングを開始。神津島ネイチャーガイドの中村親夫さん、前田正代さんの案内の下に出発です。
天上山の歴史や生息する植物の話を聞きながら、水配り伝説の舞台となった「不入ガ沢」や白い斜面の「治山工事跡」、月面を思わせる白い砂地の「裏砂漠」や「表砂漠」を巡ります。白く小さなイズノシマウメバチソウの花や、海辺に咲く黄色のイソギクの花、赤く色づいたサルトリイバラの実などが登山道を彩っていました。
木々のトンネルを抜けて8合目を過ぎると、景色は一変して海を望む大パノラマに。伊豆諸島や富士山をも見渡せる圧巻の眺望に参加者からは歓声が上がりました。
「天上山は『黒潮に浮かぶ展望台』といわれており、360度見渡せて地球が丸いのがよく分かります。背丈の低い植物が多く、視線を遮るものがないのも天上山の特徴です。今の時季は、リンドウ、センブリ、イズノシマウメバチソウなどが咲いていますよ」(中村さん)
秋から冬にかけて偏西風の影響を受けやすい神津島。この日も天上山の風は強めでしたが、無事に山頂に着いた参加者たちは神津島全体を一望し、山と海が織りなす豊かな自然に心を奪われました。
ツアーを終えた参加者に、今回の感想を聞きました。
「東京にはこんなに自然豊かな観光スポットがあるのだと、都民として誇らしい気持ちになりました。この豊かさを守り伝えていくために、まずは私たちが神津島の魅力を知る必要があると思います」(品川区在住)
「都心では見られない標識のない道路や、どこか懐かしい街並みが新鮮でした。ツアー中は満天の星を見ることはかないませんでしたが、ツアー後には雲がはけて少し見ることができました。これが空いっぱいに広がると思うとワクワクします。星空のための条例整備や街灯の付け替えなどは、本当に素晴らしい取り組みです。今後も星が見られる環境であることを願います。いつかこんな所に住めたらうれしいですね」(府中市在住)
「神津島の水のおいしさと豊かさには驚きました。また、同じ伊豆諸島といっても島による違いがあることを学べたのは大きな収穫です。どうしたら島の人口が増えて今以上に島が活気づくのか、自分ができることを考えさせられています」(板橋区在住)
「普段の旅行では地元の人の声を聞くことはありませんが、今回は島民のガイドが付いてくれたので、地元ならではの話を聞きながら回れたのが良かったです。多幸湧水はご飯を炊くのに使う人もいると聞きました。観光スポットになっているような場所が、島民の生活に根付いているのが魅力的です」(豊島区在住)
こうして2日間にわたる神津島サステナブルツーリズムは終了。
運営に携わった公益財団法人東京観光財団の鈴木さんは、「神津島は、星空や水など限りある資源を未来のために守りながら、観光業の活性化に取り組んでいます。しかし、天然資源であったとしても、島の方々の保護や共生への意識がなければ、それを長く守り続けることはできません。気候変動や生態系の破壊に直面し、持続可能性の在り方を探る私たちは、神津島から多くのことを学び取れるでしょう。今回、参加者の皆さまには自ら肌で感じた神津島の魅力を周囲の方々にお伝えいただきたいです。神津島の取り組みが日本中に広がることによって、未来へと残したい自然や人々の営み、そして持続可能な観光の実現に一歩近づくきっかけになることを願っています」と、思いを語りました。
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