2023年12月、「あしたの東京プロジェクト」の第2弾となるイベント「東京島ネイチャーツーリズム」が開催されました。ツアーの舞台となったのは、伊豆諸島の神津島。豊かな水や壮大な星空が魅力であり、地元では自然と一体となった生活が営まれています。本記事では、2日間にわたり行われたプログラムの様子をレポート。島しょ地域の暮らしや文化、自然の姿をお届けします。
東京都心部から南へ約180km。伊豆諸島の一つである神津島は、マリンスポーツや登山をはじめとしたアクティビティや、新鮮な海の幸などの魅力に溢れています。温暖な気候に恵まれることから、1年を通じて多くの観光客が訪れる地域です。今回の「東京島ネイチャーツーリズム」は、トレッキングや星空観察など、さまざまなプログラムを通じて、東京の島しょ地域の魅力を都民の皆様に再発見していただくために企画されました。
12月16日の午前、参加者は「神津島観光協会(まっちゃーれセンター)」に集合。神津島観光協会の覺正恒彦さんが、自然保護や観光の取組みについて解説してくれます。
「私たちの住む神津島は、“リゾートアイランド”ではなく“ネイチャーアイランド”を目指しています。自然の魅力を最大限発揮しようと、以前から美しかった星空を保護する取組みを開始しました。夜空に光が漏れないように街灯を調整したり、島民自身が星空を語る『星空ガイド』を育成したりと、少しずつ準備を推進。そして2020年、国際認定制度である『星空保護区』に東京都で初めて認定されました。」
星空と並ぶ、もう一つの魅力が水です。神津島では随所で水が湧き出ており、村の水道水は地下水が利用されています。一同は、そんな地下水を使ったクラフトビールを提供するブルワリー「Hyuga Brewery」へと移動。島の特産品を使った食事とともにビールを味わう、ランチ交流会に参加します。
今回お店でご用意いただいたのは、島に自生する明日葉(アシタバ)を使用した「Angie」をはじめ、7種類ものビール。すっきりしたホワイトエール、芳醇なスタウト、地元のパッションフルーツを醸造したものなど、そのバリエーションはさまざまです。プレートには金目鯛のタタキや赤イカの明太子和えなどが盛られ、ビールとのマッチングを試みながら、神津島の味を堪能していきます。交流会では途中、「Hyuga Brewery」を営む宮川文子さんが、ブルワリーを開業した経緯を話してくれました。
「もともと私はお酒の卸売を行っていたのですが、『伊豆諸島の他の島と、お土産で差別化する方法はないか』と考えていました。ちょうどその頃に世の中でクラフトビールが流行。勉強をしてHyuga Breweryを開業し、瓶での販売も始めたんです。コロナ禍など苦労も多かったですが、現在は伊豆諸島唯一のブルワリーとして、多くの人にお越しいただいています。水や魚、野菜や果物など、神津島の豊富な食材にも助けてもらいました。」
一人の挑戦が、島の新たな観光資源を育む。そんな創業ストーリーに、参加者も興味津々です。スタイリッシュな雰囲気の店内で、ゆったりとしたひと時を楽しむことができました。
ランチ交流会の後は、「島散歩」に向け出発です。島民ガイドと共にのんびりと観光地を巡る島散歩は、約1時間をかけ地元の方々が暮らす地区を歩くプログラム。神津島の文化や歴史を知ることができます。
住宅地の中に佇むのは、島の開祖・物忌奈命(ものいみなのみこと)を祀る「物忌奈命神社」です。物忌奈命は、出雲神話の有名な「国譲り」にも登場する事代主命(ことしろぬしのみこと)の子。神津島では約1200年前に火山が噴火し、神の怒りを鎮めるために神社が創られたと伝えられます。覺正さんによると、毎年8月2日には「かつお釣り神事」が行われるとのこと。漁師を中心とした地元の人々が、青竹を船の形に組み、大声をあげながら境内を進んでいく風習は、豊漁や海の安全を神様に祈願、奉納するためだといいます。漁業と生活の深い結びつきは、こうした文化により語り継がれているのでしょう。
水と共に歩んできた神津島の歴史を教えてくれるのが、白い砂浜が広がる前浜海岸の「水配り像」です。どこか不思議なポーズをとる神々の姿は、島に伝わる水配り伝説を表しています。その昔、伊豆諸島の島々の神が神津島に集まり、水をどのように分配するかを決める会議を行いました。翌朝の先着順で分けることが決まったのですが、利島の神様は寝坊をして最後に到着。水はほとんど残っておらず、怒った神様がその中に飛び込み、暴れまわります。その際に水が飛び散ったことで、神津島では随所で水が湧き出るようになった。このようなお話です。
豊かな湧水の起源を説きながらも、どこか人間らしい部分が残る水配り伝説。参加者の多くが親近感を抱いたようです。
つづいてのプログラムは「水をめぐる島内ツアー」。豊かな水資源が島民の生活とどのようにつながっているのかを、複数のスポットを巡りながら学んでいきます。
最初に訪れたのは、船が行き来する多幸湾周辺。浜辺で流れる「多幸湧水」は、「東京の名湧水57選」の一つに数えられています。常時開放されているため、島民も愛用する湧き水です。参加者はタンブラーに水を汲み、その味を一口。「なめらか」「やわらかい」という感想とともに、笑みが浮かびました。
次に向かったのは「長浜海岸」です。青い海が目前に広がる砂浜には、赤や黄など、色とりどりの玉石が転がっており、「五色浜」という名でも親しまれています。ガイドの江藤翔さんによると、海岸は神域であるため、玉石の持ち帰りが禁止されているとのこと。もし反した場合には、おそろしい災いに遭ってしまうようです。もう一つの言い伝えが、海岸近くの「阿波命神社(あわのみことじんじゃ)」のご利益です。長浜海岸で平たい石を拾い、濡れた砂を載せて鳥居の下にお供えすると、ありがたいことが起こるといわれています。参加者は各々、石を神社にていねいに運び、参拝を行いました。
最後のスポットは、島北部にある「赤崎遊歩道」。迫力ある岩石の海岸に、全長約500mの木造遊歩道が作られており、波打つ岩場を間近に見ることができます。夏には飛び込み台からの飛び込みやシュノーケルやダイビングを楽しむことができる人気スポットです。展望台へと進むと、海の向こうには式根島や新島など、伊豆諸島北部の島々が一望できました。空は徐々に赤く染め上げられていき、その絶景に一同は大興奮です。
こうして島を巡ってみると、あらためて神津島における水の恵みに理解が深まります。生活用水として、海の幸を育む資源として、観光客を魅了するランドマークとして、いつの時代も島を支えてきたのでしょう。自然が持つダイナミズムを、五感で体験できました。
まっちゃーれセンターに戻った参加者は、「ランタンワークショップ」を体験します。廃棄予定のペットボトルと和紙を用いたランタンに、日中のツアーを通じて感じた神津島の魅力をメッセージやイラストとして表現するワークショップです。
ランタンには、「神津島独特のお参りの仕方がおもしろかったです」「東京にも素敵な景色がたくさん!」「東京には、ビールの飲み比べができる島がある」など、旅の思い出が伝わる内容が多数集まりました。なかには「次世代に残したい大自然がある神津島」など、島への愛情が伝わるメッセージも。個性あふれるイラストを比べながら、参加者同士の話も盛り上がります。
実はこの日のまっちゃーれセンターでは、午前中からランタンワークショップを実施しており、ツアー参加者以外の島民の皆さんにもご参加いただきました。地元住民だからこそ分かる様々な神津島の魅力があふれるメッセージが集まりました。
今回作成されたランタンは、あしたの東京プロジェクトのフィナーレイベントである「HAPPY NEW YEAR TOKYO」の会場で灯され、たくさんの東京都民の思いを共有するために活用される予定です。
1日目の夜、参加者は島の高台に位置する「よたね広場」へ集合します。会場で私たちを迎え入れてくれたのは、星空ガイドを務める吉見和馬さんと江藤翔さん。「星空観賞」の始まりです。
神津島では星空ガイドの育成に注力しており、観光協会が養成講座を実施。多くの人が星座や宇宙の知識を学んでいるのです。一方、ガイドを生業とすることは難しいため、日中の仕事と兼業する形で、地元の方々が担い手となっています。
吉見さんによると、神津島では高い頻度で流星群を観賞できるそうです。2023年12月13〜14日はふたご座流星群の出現時期にあたり、今回は残りの流星を見られる可能性があるとのこと。この日は雲が多く、満天の星とはならなかったものの、雲間から光り輝く星々が顔を出してくれました。冬の星座の代表格であるオリオン座を発見すると、一同から喜びの声があがります。
美しい星空が守られているのは、2017年に神津島観光協会が「まるごとプラネタリウム」という事業を始動して以来、住民の方々一体となって街灯の切り替えなどを進めてきた結晶なのでしょう。街灯切り替えは省エネ化やCO2削減にもつながり、光害を防ぐことは渡り鳥やウミガメなど生態系の保護にも寄与します。環境を保護することで、本来ある自然の魅力が蘇り、観光資源となって村を活性化させる。そうしたサイクルを実現しているのが、地域の力なのです。
※当日はあいにくの天気で星空が雲に隠れてしまったため、星空は別日に撮影したものです。
2日目の朝、まっちゃーれセンターに集合した一同は、「天上山トレッキング」へと向かいます。島の中心に聳える台形状の天上山は、標高572メートル。山頂部には伊豆諸島の固有種をはじめ多彩な花々が咲き、「花の百名山」にも数えられています。
登山口に到着した参加者は、入念な準備体操をしてから、2つのグループに分かれます。一同を迎え入れるのは、木々が織りなす天然のトンネルです。階段を一歩ずつ登りながら、多様な植物を観察できます。
8合目に到着すると、いつの間にか周囲は低木に。目の前には大海原が開けました。先ほどまでいた村落はミニチュアのようになり、神津島の山々、青い海、広大な空をひとつづきに眺めることができます。一方、後方には天上山の頂上が。ガイドの中村親夫さんによると、「不入が沢(はいらないがさわ)」という窪地は、水配り伝説で神々が会議を行った場所とのことです。
この日は強風のため、8合目以上へと進むことはできませんでしたが、山頂付近には白砂が広がる「裏砂漠」、雨が降ると現れる「千代池」、伊豆諸島を大パノラマで見渡す展望地など、自然のダイナミズムを感じられるスポットが満載。特に5月ごろはオオシマツツジが見ごろを迎え、鮮やかな赤い花に囲まれながら、トレッキングを楽しむことができます。
全てのプログラムを終えた参加者に、今回の感想を聞きました。
「もともと神津島の星や山に関心があり、SNSでツアーを発見して参加しました。新鮮に感じたのは、島の町内放送で船の運行や催しものの情報が共有されるような、独特な島の生活です。コンパクトな町の中で、人と人がつながりながら生きているのだなと実感しました。」(町田市在住)
「赤崎遊歩道の美しい景色、おいしい多幸湧水が印象的でした。都会で暮らす自分たちにとって、このような自然と一体となった神津島の生活は、驚きに満ちています。『クラス替えがないため、同級生は皆友人』というエピソードも、島ならではの人間関係が現れていると感じました。」(新宿区在住)
「以前から神津島に行きたいと思っていたのですが、今回のツアーがきっかけを与えてくれました。地元のガイドさんが親切に案内してくれ、来た甲斐があったと感じます。星や海が美しく見えるのは、神津島に住む皆さんのおかげなのだと実感。自分も自然を大切にしていきたいと思います。」(板橋区在住)
「現在大学生で、友人とともに参加しました。島しょ部を訪れるのは初めてですが、長閑な村落、おいしいご飯、美しい景色が印象的でした。島外へ人が出ていくケースも多く産業や文化の担い手が減少している、移住を受け入れるにも住居が不足しているなどの話も聞き、地域社会の難しさも改めて感じました。」(杉並区在住)
「出身が北海道なのですが、東京の都心ではなかなか見られない星空を眺めたいと参加しました。観光で地方を盛り上げる動きが活発化し、SDGsに代表される環境保全の取組みも重要化する中、星空保護区に向けた皆さんの努力は大きな意義を感じます。都会の生活のリフレッシュになりました。」(板橋区在住)
こうして2日間にわたり行われた東京島ネイチャーツーリズムは無事に終了。運営に携わった東京都の山本さんは、「水と星空が魅力の神津島は、自然とともに生きる地元の方々によって、美しく保たれています。一方、課題がないわけではありません。産業や文化の担い手は、少子化とともに年々減少。星空ガイドやクラフトビールなど、新しいアイデアによって本土の人々から注目されることは、地域の未来に向けた挑戦でもあるのです。島しょ部の魅力や課題を、少しでも多くの方に知っていただくことができれば、明日はもっと良くなるはず。東京島ネイチャーツーリズムは、そんなつながりに期待を込めて運営しました」
あしたの東京プロジェクトでは12月31日に、フィナーレイベント「HAPPY NEW YEAR TOKYO」を開催予定です。少しでも多くの人に現地の様子を知ってもらえるよう、当サイトでは引き続き情報発信に努めていきます。ぜひご覧ください。